女王さまは夏が嫌いでいらっしゃる。自分が少しずつなくなってしまうように思うからだそうだ、おそらく汗をどろどろとかくのがお嫌なんだろう。
女王さまは秋も嫌いでいらっしゃる。自分を笑う誰かの綺麗な声が聞こえてくるからだそうだ、きっと虫がお嫌なんだろう。
そして女王さまは冬も嫌いでいらっしゃる。自分が体の末端に置いていかれてしまうからだそうだ、つまり感覚がなくなってしまうのがお嫌なんだろう。
そんな女王さまが唯一愛する季節が春だ。女王さまは暖かな気候が、花が、蝶々がお好きだ。ところが彼女はそれはそれはひどい花粉症で、女王さまはそのことをそれはそれは残念に、そして憎らしく思っており、夏や秋、冬よりもむしろ春が最も女王さまの機嫌が悪くなる季節だった。

 

 

女王さまの代弁役兼執事である僕は女王さまの身の回りの世話をし、その合間に女王さまが出るまでもない下らない仕事を片付けることが役目。なので、勝手な判断が許されていない低い地位の者たち、地位はあるのに自分たちでは正しい判断を下すこともできない馬鹿者たちは、皆一様に僕のもとへやって来る。そして僕は親切に、毎日毎日その相談に乗ってやっているのだ。
その日の相談者は女王さまがお昼寝をされているという神聖なお部屋に、荒々しいノックとともに乗り込んできた衛兵長だった。これでもしも女王さまが目を覚ましてしまっていたら、問答無用で極刑にしてやったのに。


「執事殿。女王への反乱を企て徒党を組んだ者たちを捕らえたのだが、彼らの処遇は一体どうすれば良いだろう。未遂で済んだのだし、今回はとりあえず牢に閉じ込めておくだけにしておこうか。」

「禁固ですか……。いや、それよりも全員、秘密裏に首を落としてしまうのが良いのではないでしょうか。ここで甘くしては何の解決にもならないでしょうし。」

「首を?そんな、そこまでする必要はあるのか?120人近くいるんだぞ?その全員の首を落とすというのか?反乱を計画しただけなのに?有り得ない、それに、それにそんなこと、陛下が何と仰るか、」

「反乱分子は今潰してしまわないと、またいくらでも湧いてきますよ。僕たちがどのようなお方にお仕えしているのかを、どうやらあなたは忘れてしまったようだ。そんなに僕の意見に不満があるのなら、直接陛下に意見を仰いでみてはいかがです。謁見料はあなたの首ひとつ、ということになるでしょうが。」

「私に……どうしろと、」

「先ほど言いましたが。」

「っ…わかった。」


すごすごと去っていく筋肉馬鹿の腰に花が挿さっているのが見えた。与えられた仕事も満足にできないくせに、子供の相手をすることは得意のようだ。馬鹿馬鹿しい。
花といえば、今日は花香る春らしい良い天気だ。こういうときには決まって同じことを考える、女王さまが光と花に包まれて心から笑う日が来ないものだろうかと。そういえば光ならちゃんとあるのだ。それは王女がいつも好んで過ごしたがる場所を思い返せばおのずと見える。そうなるとあとは花だけだ、城の外であれば掃いて捨てるくらい咲いているが、それを全て摘んで敷いてみても、ただ萎びた花が無造作に捨ててあるようにしか見えないだろう。植わっているときのように花が立ち、ときには風になびくように揺れたり、そんなことができればいいのだが。


「………ああ、そうか。」

「?、どうかされたか?」

「いや、うん、やはり斬首はやめましょう。彼らには代わりの罰を受けさせます、すぐに全員を広間に集めてください。それと、用意していただきたいものがいくつか…」


立たないなら倒れないように、揺れないなら揺らすために、手で持っていればいいんじゃないか。

 

 

 

 


「罪人諸君。まもなくこの玉座に、君たちが復讐をしたがっていた女王陛下が来るけれど、いくら憎くても決して噛み付いたりしないようにね。」

花畑が不安げにザワザワとそよいでいる。
僕の言葉を聞くなり、足元の馬鹿でかい実が話しかけてきた。


「なんなんだ、これはよぉ…雁字搦めで床に転がされて、花を握らせて手ごと縛って、これが俺たちへの罰だって?女王陛下はとうとう気が触れてしまったか。いや、はじめからそうだったか?」


この実は腐っていたようだ。臭ってくる。
蹴り飛ばすと爪先が果肉に食い込んだ。踏み潰すと果汁で靴が汚れた。不快だ。そばに立っていた衛兵からサーベルを奪い取り、種が見えるくらい深く暴いてやろうとしたとき、不意に玉座の扉が音を立てて開かれた。
陛下、とお声をかける僕の口元はほころんでいる。実が掴んでいる赤い花を一輪とって、女王さまの御髪に挿してあげると、女王さまの頬もその花のように染って、僕は微笑んだ。


「ハーミット、私の玉座がお花でいっぱいだわ。」

「陛下のためにご用意いたしましたお花畑でございます。今の季節に咲く花は大変美しいものなんですよ、それをぜひ陛下にお見せしたかった。」

「嬉しい、とても嬉しいわ。ありがとう、ハーミット!ねえ、もっと近くで見てみたいの、お散歩しましょ?」


僕は、差し出された女王さまの手をとり、彼女と共に柔らかな土を踏んだ。しかしグニャグニャと心もとない。女王さまが足を取られて転んだりしないか、気が気でなかった。


「ぐ、あ…ッ」

「あら?気のせいかしら、今、土が少しうごめいたような。」

「モグラがイタズラをしているんでしょう、きっと。」


こんなに良いお天気ですから、そう言いながら土の一番柔らかな部分を爪先で抉った。土はビクリと大きく震えて、すぐに静かになった。
すると次は、女王さまのちょうど足元に咲いていた黄色の花が、女王さまの細い足首を薙ぎ払わんと、茎を振り上げている。


「痛ッ…!」

「まあ!ハーミット、どうしてお花を蹴るの?駄目じゃない、可哀想だわ。」

「申し訳ございません、野いばらが陛下の足を傷つけてしまいそうだったもので。」


次からはもっと穏やかに対処いたします、そう言いながら茎の一番骨張った部分をかかとで踏みつけた。バキだかゴリだか、硬い音をたてて茎は折れた。
すると今度は、僕たちの後方、さっきの腐った実が大きな声で喚きだす。


「お前ら頭がおかしいのか?それとも女王陛下はこんなご趣味をお持ちだったのか?ならとんだ変態だな、アンタは!」

「ハーミット?なあに?何か聞こえるわ。」

「小鳥のさえずりでございましょう。」


陛下がお聞きになる必要はありません、そう言いながら向き直り、実のへたの部分を思いきり、何度も何度も踏み潰す。グリュ、と足から伝わる感触も、グヒュ、と聞こえる音も、女王さま以外の全てが、不愉快だ。
僕は踏む足を止め、他の土、茎、実を一瞥する。それらは一様に怒りに満ちた表情を浮かべていたが、僕の視線に当てられると怯えた表情で押し黙った。
そうだ、最初から民草は大人しく咲いて、大人しく僕たちに踏まれていればいい。


「ねえ、ハーミット、見て!蝶々!」


女王さまが蝶々を追いかけて行く。光に包まれ、花に囲まれ、女王さまが笑っている。

戦争で先代の国王と妃、つまりはお父さまとお母さまを失い、その後まだ幼い身で政を引き継いだ女王さまは気高く立派だった。我侭で高飛車だけど、それでも女王さまはこの国の人々のことを彼女なりに憂い、彼女なりに考え、彼女なりに愛してきたのだ。しかし国民は彼女の愛に気づかず、それどころか彼女を根元から折ってしまおうとする者たちさえいる。僕が女王さまに仕える前、彼女は人々からの軽薄かつ陰湿な視線を浴び続け、罵声、投石、嫌がらせを詰め合わせたような日々を過ごしていた。
愛しているのに愛されない、だから女王さまは民草を見ようとしない、否、見えないのだ。蝶々を追いかけながら、自分の愛する人々を踏みにじっていることに、その悲鳴にまったく気付かないのだ。盲目…ここまでくると一種の病だ。病原を受け入れるには、彼女はまだ幼すぎた。
そうしてますます、彼女は独裁者として恐れ嫌われ憎まれていく。

それでも僕は、女王さまの一方的な愛を一身に受ける人々が羨ましく、同時にそのことを理解しない人々が憎らしかった。
僕は女王さまのことを、執事の身分では許されないだろう意味で愛しているのだ。それこそ、一方的に。

 

 

 

 

 
踏青

 

 

 

 

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企画「骨水」に提出しました

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